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見出し あめかぜ日記、時々晴

生物多様性、生き物を呼ぶ場所づくり

環境省のホームページによると、地球上の生き物の種類は、名前がつけられているものだけで175万種〜180万種あるそうです。まだ発見されていないものも、その何倍もあるとか。いろんな説があるようですが、500万種から3000万種という種類数があると考えられているそうです。日本の国の中に限っても、はっきりわかっているもので9万種、わかってないものを含めると30万種いるとされています。

わかっているものの数もとても多いと感じますが、わかっていないものがまだまだそんなにあるということに、目を見張ります。

この数字を見ると、たくさんの種類の生き物がいると思わされますが、近年、急速に生物多様性が弱まっている。と言われています。

具体的には、これから先の数十年で100万種の生き物が絶滅の危機にあるとか。この数十年で哺乳類とか鳥類、魚類一つ一つの種類の個体数が大きく減少(69%も減っているとあります。)していることから、そういうことが予測されているようです。

生物多様性が弱まると、私たちの暮らしにどんな影響があるのでしょうか。

例えば、海の魚は単純に減るので食べられるものが少なくなると言えます。そして、植物からは薬なども作られているので、それも難しくなるものも出てくるし、衣類や建物も植物が材料になっているので作るのが難しいものが出てくる。生態系は、生き物同士が作用しあって成り立っていて、自然の恵み「生態系サービス」をもたらしてくれるものと考えると、あらゆる生態系サービスが減少することになるのだそうです。

生き物の数のバランスも崩れます。病原体となる生物を抑える力も弱まると言われてもいるので、新たな感染症なども増えるかもしらません。

近年顕著になってきた、気候変動もより進むことも考えられます。

生物多様性が弱まると、自分たちの生活自体が悪い方に進んでしまうということなので、弱まるのを防いだ方がいいな、ということはすぐに理解できるのですが、この「生物多様性」とか「生態系」とか「生態系サービス」というものが、頭では理解できても、日々の暮らしの中の「自分ごと」として入ってきにくいものであると思うのです。

ある時、お客様との会話で、あまがえるのインスタなどの投稿を見ていただき、お庭の落ち葉をそれまでは集めて袋に入れてゴミの日に出していたものをやめて、お庭の土の上にマルチするようになったら、次の年バッタが増えたように思ったということでした。ところが、次の年は、また元に戻ったらしく、それはひょっとしてカナヘビとかトカゲなどバッタを食べる生き物が来るようになったからかな^_^ということでした。

数を調査したわけではないので、本当のところはわからないと言えますが、お庭の中の落ち葉の処理の仕方を変えると、生き物の数や行動が変わるということが、日々の暮らしの中である程度の観察だけでも感じられるということは、暮らしが変化したということは確かに言えると考えています。

生物多様性とか生態系がどうのこうの、ということを自分ごととして考えられるものにするということは、おそらく、こういうことなのではないのかなと思うのです。つまり、日常的な場面で起きるほんのささやかな生き物とのやりとりのようなものが、感じられるようになって初めて、実感として考えられるようになると。

あまがえるが、三田市駅前町という三田の市街地エリアと言えるところに事務所を借りていた時の話です。その建物は、コンクリート打ちっぱなしの建物で、前の道路はJRの線路に面していて、もちろん事務所の前の地面は、石のタイルで舗装されており土の部分がほとんど無いような環境でしたが、その舗装の上に土を盛っていわば屋上緑化のような考え方で樹木を育ててました。舗装の上に、まるで大きな苔玉をボーンと乗せたようなイメージとも言えます。

そんな場所でも見た目には、お庭のような空間に育っていきました。そして水を張った鉢を置いて、水草も育てていると、だんだん鳥も昆虫もカエルなども寄ってくる場所になりました。水鉢の周りには、アマガエル、トノサマガエル、ツチガエル、アカガエルなどさまざまなカエルが集まってくるのでした。庇の内側にはツバメも巣を作ったりで、生き物が生き物を呼ぶ様子が見てとれるように、まさに育っていったという感じでした。

どんな場所であっても、身近な場所のちょっとしたあり方を変えるだけで、小さな生き物は驚くほどそれに対して素早く反応してをしてくると言ってもいいと思います。

街中には、手つかずとなっている空き地などで草がぼうぼう生えているところなどが、時々見かけることがあります。何気なく通りすがりに見ていると、ふと想像で、ここが管理しやすい様な方法を考えるとしたらどう提案するがと考えることがありました。

普通なら、おそらくアスファルトなどで舗装することなどの、現実的な解決策方法をとる、のかな。^_^なんて、勝手に想像したりしています。そういう目で見ていると、土のまま残すということにはきっとならないかもしれません。

そのような場所でも、都市部の中では貴重な土のある場所という見方はできないでしょうか?土は、以前の投稿でもお話ししましたが、落ち葉などが生き物、微生物の力で分解し、生き物の命の源になっていく循環の舞台となりうる場所です。そこで草が生え、生き物が生きられる場所になればなるほど、草も元気になり根をしっかり張ることができる場所になっていきます。そうなると、土に水が浸透しやすくもなると考えられます。

大きな循環の話でさせてもらったように、落ち葉が腐葉土になっていく過程で、その腐葉土のある場所で雨水が浸透し、地下水となり近くの川に注ぎ込むことになれば、川や海が豊になる可能性も考えられます。

ここを、舗装してしまえば、そういった生態系の動きはかなり小さく細くなってしまうと考えられます。例え、小面積の場所でも、そのような土のある場所が残れば残るほど生態系にはプラスになると思えるのです。

とはいえ、都市部にはまとまった土のある場所は、とても少ないと言えます。落ち葉が落ちてしっかりと堆積できる場所がとても限られて見えます。

しかしながら、全くないかといえば決してそんなことはなく、まとまった土がある場所、生き物がやってくる場所にできるところが分散して設けられていると言えます。それは、小学校やこども園、あるいは中学高校のグランド周囲の植栽エリアです。

地域の学校などに、小さな面積からでも、草の刈り方を意図的に変えてみたり、落ち葉や剪定枝葉で生き物を呼ぶ場所は作ることができると考えられませんでしょうか?

チョウやバッタ、トンボなどがやってきて、それを目当てに鳥なども飛来すると、少なくなったと言われる種類の生き物には、少しでもプラスになります。そして、生徒や児童の皆さんにも心身ともにプラスになると思えます。

生態系保全をする意味があることは、理由を聞けばほとんどの人が理解できると思いますが、遠くの森林の保護や絶滅危惧種の保全活動には都市部の住民にとっては遠い話になり、そのことで生態系とか生物多様性ということ自体が、自分ごとに感じられないと思いますが、住んでいる場所の地面のことや、こどもさんが通う学校の話であれば、自分ごととして考えやすくなると思います。

難しい話をしてしまいましたが、日々の暮らし中で、そんな目線で近くの土のある場所を見てみると、今までの暮らしに変化も生じ、何か楽しみながらできることが見つかるかもしれません。^_^