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見出し あめかぜ日記、時々晴

生態系と循環。

お庭は、「生態系の中で暮らす。」ということが実感できる場所だということを、前回の日記のテーマにさせて頂きました。その中で、一本の樹木の周辺で、生き物がどういう動きをしているか想像しながら、生き物の「食べる食べられるという関係」を通して、物が移動しているということを書かせてもらいました。

この「食べたり、食べられたり」という生き物同士の関係を「食物連鎖」とか「食物網」というようです。

生き物が相互に関係し合う様子は、確かに鎖のようでもあり、網目のようでもあり、納得させられる呼び方です^_^

その鎖や網のようにつながる関係の中で、物が移動することは、難しい言い方で呼ぶと「物質の循環」というのだそうです。

一本の樹木においても、葉っぱが落ち葉になり、それらが小さな生き物の食物連鎖によって、有機物から無機物の栄養素に変わって、また樹木の中に取り込まれ、春に新たな葉っぱや枝になるという流れを見ると「ほんまに、循環やな、ぐるぐる回ってる」と感じさせられます。

この一本の樹木の循環を、あまがえるは「小さな循環」と呼んで、お庭の中における小さな生態系の基本的なモデルにしています。

今回は、物質が一本の木を中心にその周りを移動するのに比べて、もっともっと広ーいエリアを移動する「大きな循環」について話してみたいと思います。

いつも、あまがえるが、引用させてもらっているのが、宮城県の牡蠣の養殖をされている漁師の畠山重篤さんの「森は海の恋人活動」です。よーく知られた活動なので、改めてご説明しなくても大丈夫かもしれませんが、誠に恐縮ながら、掻い摘んで、どのような活動か申し上げます。

牡蠣の養殖による漁の質と量の向上を図って、畠山さんが海に直接的に、何かを働きかけるのではなく、気仙沼湾に流れ込む川の上流の山に、落葉樹広葉樹の苗を植樹したという活動です。

山に落葉の広葉樹をうえ、木が大きく育った時に、落ち葉の数が増えることが、牡蠣にとってプラスになるということが理由です。落ち葉が堆積し、腐葉土なったときに出来るフルボ酸という物質に、鉄分がくっつきフルボ酸鉄という化合物になり、それが雨の水と共に川に流れ込み、その先の海に達すると、鉄分が植物プランクトンの生育にプラスに作用し、植物プランクトンを食べる動物プランクトンが豊かになるのだそうです。

動物プランクトンが増えると、それを食べる小さな魚なども豊富になり、またそれらを食べる大きさの魚が増え、またそれより大きな魚、さらに大きな魚、もっと大きな魚というふうに、どんどんと、海の生き物全体が豊かになっていき、もちろんその中で牡蠣も質も量も共に向上していくという連鎖がおきだということです。

畠山さんの講演では、曰く、「山に木を植えると、その近くの海が豊かになり、近海の魚を使った寿司が、美味しくって、安く食べられる。^_^」

笑いながら、そうおっしゃってました。

山の落ち葉が、海を豊かにするという、とってもスケールの大きな「物質の循環」の話を聞いて、落ち葉をゴミとせず、土に還して資源としたいとその頃にはすでに訴えていたあまがえるとしては、山の落ち葉が海を豊にするのなら、お庭に落ちた落ち葉、街の落ち葉だって、同じ理屈で海を豊にする可能性があるんちゃう!ととても嬉しくなりました。

お庭の落ち葉が、小さな循環でお庭の中の樹木を元気にするだけでも得した気分になるのに、ひょっとしたら我が家のお庭で腐葉土化して出来たフルボ酸鉄が、地中の水の道に浸透し、海まで到達すると想像するだけで、落ち葉の見え方がガラッと変わる気がいたします。^_^

いかがでしょうか?晩秋に落ち葉を集めて土に被せるのが楽しいことに感じていただけますでしょうか?

日々の何げない、落ち葉掃除が、生態系の仕組みに取り込まれていると、あまがえるとしては愉快な気分にさせられます。

落ち葉を掃き集め、袋に詰めてゴミ焼却に回すと生態系から外れ、掃き集めた後に土の上に撒いて堆積させるだけで、「生態系の中で暮らす」ということになるのだから、ちょっとしたことで大きな違いになると感じさせられます。

考えてみると、面倒くさくて、身体もしんどくなる晩秋の落ち葉掃除が、ちょっと楽でとても得した気分にさせられます。

最後に、補足。山の樹木が巡り巡って、海の魚を豊富にするという生態系の仕組みによる恩恵を「生態系サービス」と呼ぶのだそうです。生態系サービスを受け続けられるように、日々の暮らしの中でもできることを、ちょっとずつ増やしたいなと思っております。